気が付けば『呼ばれていた』。
それは初めての感覚だった。
こんなにもハッキリと、私の魂に『呼びかけてくれる』存在。
だから始めは自分が『呼ばれている』とは思わなかったし、気付いても何を『言っていいのか』わからなかった。

『勇気』を出して『想って』みよう。

それはきっと・・・きっと『届く』と思ったから。










足の感覚が少々おかしい。その原因はわかっていた。
普段慣れていないその座り方。そう、私たちは正座をさせられていたのだ。

「とりあえず、落ち着ける場所に移したと思うんだけど・・・どういうこと?」

一人椅子に座って、肘をついて、こちらを見下ろして言うレミリア。その貫禄はまさにスカーレットデビルと
言うに相応しい。
怒ってはいないようだが、とにかく今必要なのは状況説明だろう。

「ちょっとした実験をしていて・・・」
「うん、わかるわ」
「ちょっとした事故が起こって・・・」
「うん、それもわかるわ」
「それで、えぇーと・・・」
「ちょっとした子供が出来た・・・とでも?」
「「・・・はい、その通りでございます」」

力なく二人で返事をする。
その子供はパチュリーと魔理沙の間にくっつくように座っていた。正座まで真似て。
子供とはいえ素っ裸ではいろいろ問題があるだろうと、今はフランドールの服を着せてある。
この館の中ではかなり小さいサイズの部類に入るフランドールの服でさえ、この子供にはぶかぶかだった。

「しかし・・・いやこれは・・・」

咲夜が唸るように子供を見つめる。

「ありえないですよねぇ」

美鈴も信じられないというようにジロジロと。

「まぁ、うちには時を止める人間もいるし、なんでも壊す吸血鬼もいるから・・・全長5mの牙を持ったナメクジが
 出てきても大して驚きゃしないよ」

まだこちらを見下ろしたままの格好で深くため息をつく。
くる、二人は直感した。

「だけどね・・・何でその子供、魔理沙とパチェを足して2で割ったような姿してるのよ・・・?」

誰もが、そして当の本人達でさえ今だ困惑している問題を、レミリアはズバリとつきつけた。










紫苑の光を纏って、艶のいい癖っ毛がぴょこんと跳ねる。後ろ髪がちょっと長いが、特に気になるほどではない。
肌が白く、顔に少々生気がないようにも見えるが、その動く様はどう見ても健康的な5歳児である。
正座状態で弁解の渦の中にいさせるのは気の毒に思えわれのか、咲夜と美鈴、そしてフランドールが一旦
遊び相手をすることになった。
ちなみに親達は今だ正座中で必死に説明している。
ぽてぽてっと、とても遅い速度で走る。後ろ髪がぴょこぴょこと跳ね、とても愛らしい。
そんなにこの紅魔館が珍しいのか、キョロキョロしながら走っている。当然足元のカーペットのたるみには
気付いていない。

「美鈴」
「任せてください!」

美鈴のスライディングタックル!!

ギュルギュルギュルギュルと、カーペットからあるはずのない砂煙が立ち、5歳児の正面に踊り出る。
丁度いいタイミングで5歳児が躓いた。

5歳児のボディプレス!!

もにゅっ・・・

倒れこんだまま動かない。美鈴の身体が心地よいのかそのまま抱きついている。

「・・・っ可愛い〜!!」

5歳児は美鈴のハートを射止めた!!

「やんちゃなところはお父さん似ね、似てるのは顔だけでよかったのに」
「くっ・・・!」

遠巻きに馬鹿にされた気がする、魔理沙はそう思った。

「この子のお肌すべすべー」
「・・・・・・」

指で頬を撫ぜながら、美鈴がにっこりと微笑みかける。が、特にそれに興味はないようだ。表情一つ変えない。
のそっと起き上がり、またキョロキョロと歩き出す。

「むぅ、つれない子ですねぇ」
「お母さん似・・・かしら?」
「なっ・・・!」

遠巻きに失礼なことを言われた気がする、パチュリーはそう思った。

5歳児は今度はフランドールが気になったようだ。
ぽてぽてと遅い走り。その目の前まで踊り出ると、また表情一つ変えずにじっと見つめる。
パチュリーのジト目にも似たそれに、堪えられず口を開いた。

「な、なによ」

自分より小さい生き物とあまり接したことがないせいか、フランドールは少々困惑気味であった。
それに他の者のサイズはもっと合わないからって、自分の服を着せられているその子供。それがなんだか
無性に嫌だった。
もっとも、それは何着でもある替えの服のうちの一つなのだが、そういった子供じみた独占欲が抜けていない
のもフランドールの魅力であった。それが欠点でもあったが。

くぃ・・・

無言で裾を引っ張られる。フランドールは余計に困惑した。一体それが何を意味するのだろうか。
まさかこっちの服のほうがいいと強奪にかかっているのだろうか。そうならばここは消し炭にしてでも死守する
べきなのだろうか。
きっと睨み返す。威嚇の意味をこめたのだが、この5歳児にはまったく効いていない。
負けじと見続けている、ジト目で。

「もしかして、服が一緒って言いたいんじゃないでしょうか」
「そ、そうなの?」

いつも魔理沙みたいなのと遊んでいるから、どうにも喋ってくれないと何も伝わらない。
口より先にスペルカードが動くフランドールにとって、目の前の5歳児はかなり強敵だった。
咲夜の合いの手がなければ、そのまま弾幕ごっこに突入したかもしれない。

「この顔して、この性格ですもの。フランドールお嬢様が困惑するのもわかりますわ」
「うー・・・呼び名もないし、私話し掛けにくい」
「ならこの子に聞いてみましょう、お嬢さん、お名前は?」
「・・・?」

よくわからないといったように首をかしげる。
名前がわからないのか、質問の意味がわかってないのかも、これではわからない。

「名無しのごんべぇさんらしいわ」
「じゃあ呼び名が必要ですよね、ですよねっ!?」

何でこんなに張り切ってるんだろうこの中国は・・・咲夜はそう思ったが口には出さなかった。

「名は体を現すといいます・・・パチュリー様と魔理沙さんを足して2で割ったような感じだから・・・
 パリサとかどうです?」
「とりあえず美鈴の意見は無視しましょう」
「えー、それじゃまるで私のセンスが悪いみたいじゃないですかー」
「そう言ったつもりなのだけど、違ったのかしら」
「んー、私マチュリーの方がいいなー」
「どうしても二人の名前を足したいんですか、あんた達は」

ギャースギャース

「おいおい、なんだかあっちは話に華が咲いてて楽しそうだぜ。私はそろそろ痺れが限界だ」
「そもそもなんで私たち正座させられているのかしら・・・」
「こういう『キセイジジツ』ってのが発覚した時は、その家の主人格の前で正座をさせて話を聞くって本で見た の」
「「だからそういうんじゃなーいっ!!」」

「絶対パリサですって」
「嫌よ、私マチュリー派」
「だから名前って言うのは大切なものでですね・・・」

ギャースアゲイン

結局名前は決まらず、レミリアがつけることになった。
お嬢様ならば、付けられる名前に不満があっても文句は言えない・・・と、咲夜がこっそり進言してきたので
しかたなくそうすることにしただけなのだが。
確かに一番角が立たない解決法ではある。
ギラギラとこちらに注目する目が4つ。正直、その目線を直視したいと思えないレミリアだった。
彼女らにとっては、自分の意見が通るか通らないか、それしか頭にない。

「・・・マリーでいいわ、はい決定」
「わかりやすい上に、可愛らしいですね。流石はお嬢様」
「パリサ・・・」
「マチュリー・・・」

約二名の不満な声があがるが、咲夜の言った通りそこで終わる。
レミリアも当の二人の名前を足しただけだったので、「特にセンスを問われなくてよかった」と心の中で安堵の
ため息をついた。
二人からそれなりに納得のいく説明も聞けたし、特にこの子供がここに居着くことになっても構わない。

『宿す』以上の結果、完全なる合成、成り立たないはずのそれが成り立ってしまった。それはいつもと媒介が
違ったから起こったのか、定かではなかった。
かろうじて説明できそうだったこと、それはこの子の姿。魔力制御の失敗による精の暴走。その際傷口に付着
していた血液が、水の精を通して生命の情報として本の意識化に流れ込んだ果ての変化では・・・ということ
だった。
パチュリー達のことを親と思っているのは、暴走時の強いショックによる記憶の混同。ママ、パパなどの言葉
が出てきたことから考えると、水の精がもっていた知識かもしれない。故に『すりこみ』という可能性もある。
そういう結論に達した。パチュリーと魔理沙ですら予想の範疇でしか説明できなかったのだが、一応筋は通っ
ていた。










偶然。偶然はいつ起こるかわからない。
今回の場合、起きた偶然は一つではない。いくつものそれが重なりあって、結果として在る今。

偶然、魔理沙が本を手にとったこと。
偶然、パチュリーが喋る本に興味を持っていたこと。
偶然、魔法の触媒が切れていたこと。
偶然、二人が傷をおっていたということ。
偶然、その時期が梅雨だったこと。

もうその数は関係ない。それを形容するにもっともふさわしい言葉は一つ。

『奇跡』










新しい住まい人が増えたからといって、紅魔館で流れる時は大して変わらない。
変わったことといえば、自分たちの足の血行が少し悪くなった事だけである。
今は場所を館の客室に移している。マリーと名づけられたその子供は、パチュリーに抱かれよく眠っていた。

「くー・・・くー・・・」

「遊び疲れたみたいだな」
「私たちも足が疲れたわ・・・」

抱いてない方の手で足をさすりながら、パチュリーがうな垂れる。
あの後、レミリアは何か思うところがあるのかフランドールと地下に。
咲夜は夕飯の支度を。
美鈴は降りしきる雨の中、外に戻された。

「しかし・・・本当に似てるわねぇ、魔理沙に」

ぷにぷにと頬をつつく。程よい弾力に指が踊る。

「や、やめろよパチュリー。私がつつかれてるみたいでなんか嫌だぜ」
「ふふふ、パパが照れてますよー、マリー」
「何でそんなにノリノリなんだ!」
「魔理沙、しっ。起きちゃう」
「あ、ああ、すまん・・・ってそうじゃないだろ」

むくっ

「ほら、起きちゃったじゃない」

「・・・・・・」

何かを探すようにキョロキョロしている。
抱かれていることに気付いていないのか、その目はとても不安そうだった。

「・・・!」

やっと抱かれていることに気付いた。すると、もう安心したかようにしっかり抱きついてくる。
その一挙一動は、見ているだけで微笑ましいものがあった。

「・・・・・・暖かい」

「ん、なんか言ったかパチュリー?」
「私じゃなくてマリーよ」
「そうかそうか、小鳥の囀りのような綺麗な声はパチュリー似だな」
「なっ・・・何言ってるのよ魔理沙!」
「はっはっは、母さんが照れてるぜ、マリー」
「魔理沙もノリノリじゃない・・・」
「仕返しだぜ」

・・・ぷっ

どちらともなく、笑いが漏れる。マリーを囲んで、二人は糸が切れたように笑い出した。
だがその笑い声に囲まれていても、マリーが眉一つ動かすことはなかった。

「マリーや、父さんのような立派で聡明で速度狂の魔法使いになるのだぞ」

「・・・・・・?」

「おいおい、ここはツッコムところだぜ。それじゃぁ世界で二番目だ」
「もしかして、なんでマリーって呼ばれてるのかわかってないとか」
「・・・・・・そうなのか、マリー?」

「・・・・・・?」

どうやらそのようだ。知識として名前云々はわかっているようなのだが、どうもそれが自分につけられたもの
だとは思っていないらしい。
マリーが本からこの姿になってから、ほとんど喋っていない。行動のいくつかを見ていると何事にも興味津々
で、初めて見る物の方が多いように感じ取られるのだが・・・それを「これは何?」を聞くことは一度とてなかった。
主に気になった対象を触って、それを確かめているように見える。もしかしたら目が見えていないのだろうか・・・?
危惧した魔理沙は、マリーの眼前に指を突きつける。食い入るようにそれを見るマリー。
左に動かすと、マリーの目はそれを追う。右に動かしてもそれを追う。よーしそれならば・・・

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる

「・・・・・・」

無言でそれを追う目。どうやら目が見えていないわけではないようだ。
それならばマリーは一体どういう感覚をしているのだろうか。
謎は深まるばかりであった。
マリーをからかっていると思われたのか、パチュリーが制止の手を出してくる。が、それを目で押し止めた。
自分の名前がマリーと知覚できていない、ということはマリーは私たちの名前もわかっていないんじゃないだ
ろうか。
なんとなく、ある予感がして実験を行うことにした。

「マリー、これはだれだ?」
「・・・・・・ママ」

しばらく何かを考え込んで、恐る恐る言葉を発する。
必死になって指差しのジェスチャーをして、やっと何を求められているのかわかったようだ。思った通りの結
果だった。

「じゃあ私は?」

今度はジェスチャーなしで求めてみる。

「・・・・・・?」

これも予想通りだった。
今度は大げさなほどに自分を指して求める。

「・・・・・・パパ」

実験は成功だった。

「わかったぜパチュリー、こいつは思った以上にシンプルで重大な問題だったようだ」
「どういうこと、魔理沙?」
「マリーはたぶん、感覚器官を使うのが初めてなんだ。つまり見るもの全てが珍しいとか聞くこと全てが新しい
 そういうレベルじゃない」
「えぇーっと・・・つまり・・・どういうこと?」
「パチュリーがさ、目もない、耳もない、喋るための口もない、あるのは意思だけの存在だったとして・・・
 今までなかった目や口がいきなり追加されたらどうなる?」
「・・・ああ、なるほど」

そういうことさ、とマリーを見やりながら続ける。
パチュリーも少々神妙な顔つきになってしまった。

「見るものが珍しいんじゃない、聞くことが新しいんじゃない・・・それら自体が初めてなんだ、マリーは」
「今それを全身で感じている・・・ということね」

だからこの子にモノを教える時は、初めて目を開いた赤ん坊にそれを知覚させる気持ちでないと伝わらないと
いうことだ。
わからなかったとはいえ、なぜか恥じ入る二人。ほんの数時間の事ではあるが、マリーとまともに付き合えて
いなかったということになるからだ。

「なんだか・・・本当に親になった気分だなぁ」
「・・・まったくね」

じっと見つめられているのに気が付いたのか、マリーも見つめ返してきた。
そう、この子はまだ何もわからない赤ん坊のようなもの。知識だけが先行して、全てが初めての赤ん坊。
表情もないんじゃない。『嬉しい』とか『好き』という感情はわかっていても、それが表情に表せられないのだ、きっと。
それは慣れであるし、また根気よく教えれば覚えるはずである。
魔理沙とパチュリーが目を合わせる。どうやら二人とも考えていることは同じのようだった。

もう既に私たちは、『この子の笑顔が見てみたい』・・・そう思っている。
親バカというなら好きなだけ言えって感じだった。

「よーし、じゃあまずは自分の名前から教え込みましょうかね、母さんや」
「頑張りましょうね、パパ」

そっと二人でマリーの頭を撫でる。
同時に撫でられるのがくすぐったいのか、マリーは少し目を細めた。

ぐるるるきゅ〜

お腹が鳴ったのも同時だった。










地下、そこには二つの影。

「───どう、フラン?」
「ダーメ、全然ダメよ、お姉様」

お手上げのポーズでフランドールが首を振る。

「そう、やっぱり・・・」
「やっぱりって、お姉様には原因がもうわかってるの?」
「まぁ、なんとなくね・・・たぶん咲夜もそろそろ気付くはず。まったく、厄介な事になったものね」
「でもお姉様、なんか楽しそう」
「あら、そんなことないわよ。とても大変なことだと認識しているわ」

そうは言っても、顔がにやけるのは止められなかった。
正直、レミリアはここ最近退屈だったのだ。
事の重大さはわかっているつもりだが、どうにも雨、雨、雨で外にも出られなかった鬱憤がたまっていたのだ。
これでしばらくは退屈な日々がまぎれるかもしれない・・・そう思った。

「マリーとは仲良く出来そう?」
「うーん、ああいうのはちょっと苦手だけど・・・顔はちっちゃい魔理沙だし、がんばる」
「そう、それなら大丈夫だわ」

もう用は済んだのか、くるりと向き直り階段へ向かう。
フランドールもひよこのようにその後をついていく。

「ああ、そうそうフランドール」
「なーに?」

何が可笑しいのか、ついには笑みを隠しもせず喋りだす。

「───ちゃんとご飯は食べておきなさい・・・たぶん今までで一番暴れることになるわ、あなたも、私も」










「マリー、わかるか?」
「・・・・・・?」
「そう、私が、ま・り・さ、だ。」
「ま・り・さ・・・パパ」
「そうそういい調子じゃないか。次パチュリーやってみるか?」

バトンタッチ。

「マリー・・・私は?」
「・・・・・・ママ」
「そうそう、パ・チュ・リーよ」
「ぱ・ちゅ・りー・・・ママ」

パァァァァァァァァァ

光が射した気がする、希望という名の光が。
ここまでは完璧だった。試行錯誤の末、パチュリー達は名前を教えることに成功していた。
次は自分の名前を教える番である。

「じゃあ次ね、あなたは、マ・リーよ」
「ま・りー・・・」
「どうせなら視覚にも訴えて憶えさせるか。確かダブル効果で物事を憶えやすいって聞いたことがあるぜ」

どこで聞いたんだったかは忘れたが、と立ち上がって部屋中を捜索する。

「パチュリー、この部屋には何か書く物はないのか」
「ないわねたぶん。日ごろから咲夜の掃除が行き届いてるとはいえ、誰も使っていなかった部屋だからここは」
「うーむ、いきなり壁にぶち当たったぜ。憶えるのとは関係のない方向で・・・っとそうだ、すっかり忘れてた
 ことが一つか二つ」

部屋の隅に置いてあった魔理沙の荷物、マリーが入れられてここまできた紙袋。それを手にとって戻ってくる。

「香霖のところからこれまた丁度いいモノを拝借してたんだった」
「・・・まだ略奪品があったの?」

半ば呆れつつ、袋の中身を受け取る。それは色鉛筆だった。
七色に彩られた新品の色鉛筆。色数としては少ないが、書くだけならこれで十分だろう。
実はこれは、フランにあげるために持ってきたものだったとこっそり聞かされた。
フランが怒るからそれは内緒だぜ、と魔理沙は苦笑しながら言う。

「なんと白と黒が入っていないという色鉛筆だ、なんか私が仲間ハズレにされてるようでむかついたから
 持ってきてやった」
「持ってきた理屈が通ってないようで・・・やっぱり通ってないわ、それ」

そう言いながら、空色の鉛筆を選んで手にとる。
程よく手になじむ、結構上等な品のようだ。
色鉛筆とセットだったのか、丁寧に紙までついている。実はこの紙もなかなかの品だった。

「M・a・r・yっと、魔理沙、字はこれでいいわよね」
「ああ、それでいいと思うぜ」
「ま・りー・・・っと?」
「そうそう、でも『っと』はいらないわ。今度は自分で書いてみる?」

興味を持ったのか、色鉛筆を受け取る。
初めは持ち方がわからないようだったが、教えたらすぐに憶えた。

「M・a・r・y」
「・・・この子賢いわ、一回見ただけで憶えたのかしら」
「子供は模倣から始めるもんだ。もともと知識はあるみたいだしな」
「そのうち、私たちを見て笑ってくれるようになるのかしら」
「嫌でもそうなるさ。こんなに楽しい連中の集まる館だからな、ここは」

本の時に吸収している知識。それがどのようなものかは私たちにはわからない。
しかし、それが今に繋がり、この子に変化をもたらすことは確実である。
偶然とはいえ、この子は身体が出来ることを望んでいたのだろうか。
もし、今この子が本に戻ることになったら・・・触れること、話すこと、聞くこと・・・五感を使うことを憶
えてしまったこの子に、それが耐えられるのだろうか。
意思だけで存在していた、その世界に戻ることができるのだろうか。
血の味を覚えた生物がそれを忘れられなくなるように、この子も忘れられなくなるのではないだろうか、この味を。
私たちは何か、大変な間違いをしているのかもしれない・・・。

そんなことが、脳裏をかすめた・・・。

「おーいパチュリー、その不安そうな顔なんとかならないか、マリーが見てるぜ?」
「え・・・あ・・・ごめん」
「笑顔を教えようと思ったら、まずは私たちが笑顔じゃないとな」

むにーっと頬を引っ張られる。

「いひゃい、いひゃいー」
「おー笑った笑った、マリー見ろ、これが楽しい時にする顔だ」
「・・・・・・」

自分の頬を引っ張るマリー。顔は相変わらず無表情だ。

「いや、そういうことじゃないぜ」
「はにゃひへー」
「よーし、母さんも反省したみたいだし、レッスンの続きだぜ」

そう言って、魔理沙も色鉛筆を手に取ってに何かをがりがりと書き始める
これだ、後先を考えていないようで、ちょっとは考えている。それが魔理沙のいいところであった。
そう、先の事を心配していて今を見失う。それが一番いけない事だ。
どんな偶然であれ、今この子は身体を持ってしまった、それは変わらないのだ。
ならばやはり・・・私たちは間違っていない。

「おお、自分でも惚れ惚れするほどの絵の才能だ、さぁ次はこいつの名前を覚えるぜ」

どうやら誰かの顔を描いていたらしい。目と耳で憶えさせる作戦の続きのようだ。
ひりひりする頬を手で押さえながら、ちらりと覗く。

「・・・うぁ」

絶句。
なんてゆうかこう、独特の画風だった。しかしものすごく特徴だけは捉えていて、描かれた本人が誰なのかは
わかる。

「さぁ、私に続いてシャウトせよ、こいつの名前は咲夜おばさ・・・」
「失礼します」

タイミングよく扉が開く。夕食を持ってきた咲夜だった。
魔理沙の動きがピシッと石像のように止まる。

「───あら、気にせず続けて結構ですよ?」

すごい・・・と形容するべきなのだろうか、見事なまでの笑顔。しかしその笑顔からは、異常なまでの見えない
覇気が漂っていた。
この笑顔だけは憶えさせたくない、そんな笑顔。
絶対に聞こえていた、絶対に聞いていた、そして絶対に耳に残っている。
マリーがいなかったら・・・絶対に館中の刃物が飛んできていた。

「お夕食ここに置いておきますね、パチュリーお嬢様。マリー様のお口に合うかわかりませんが」
「ええ・・・ありがとう・・・」
「助かるぜ・・・その・・・咲夜」
「いいえ、これがメイドの仕事ですから。それでは失礼しました」

深くお辞儀をしてから退出し、扉を閉める。
扉の閉まる際に・・・鬼のような眼をしたメイドが見えた気がした。
そしてその眼は語っていた、「首はいつ落とされてもいいように綺麗にしておきなさい」・・・と。

マリーだけが、その凍りついた空気の中・・・のん気に落書きをしていた。

「・・・ささっ、冷めないうちに食べようかね、母さんや」
「毒が入ってなければいいわね」
「よしマリー、父の分も食え、たんと食え」
「こらこら」

結局毒は入っていなかった。










闇が濃くなる。もっとも空には一面の雲がかかっていたので、大して変わりがないといえばなかった。
ふぁっと欠伸を一つ、いや二つ。

「しかし咲夜には申し訳ないことをしちゃったわね・・・マリーの主食が魔力だったなんて、盲点だったわ」
「しかたないさ、今マリーを形成しているのはたぶん・・・水と魔力と情報だからな。これがあって本当に助
 かったよ」

『丹』の入った小瓶を宙で遊びつつ、「今回は大活躍だな、お前」と笑う。
舐めてれば、ある程度の魔力はそこから供給される。一粒でマスタースパークの10%くらいの魔力供給。
マリーにとって、その程度で足りるのかどうかはわからないが、とりあえず満足しているようには見えた。

「あふぁ・・・今日はやたら疲れたぜ。よい子と普通の人間はそろそろ寝る時間だが、どうする?」

備え付けられていたベッドに腰を落として、ふかふか度を確かめる。結構いい感じだった。
あまり大きくはないが、三人くらいなら十分に寝られそうだ。
マリーも、慣れない身体の仕様に少々お疲れのようだ。色鉛筆が無造作に走り、マリーが描いた魔理沙の
似顔絵と思われるものにズルっと縦線が入る。

「うぉ、見事な真っ二つ」
「縁起でもないわね」
「マリーも寝かせるか・・・」

抱き上げるも、まだ落書きし足りないのかなかなか色鉛筆を放そうとしない。
絵を描くという行為が、いたくお気に召したようだ。

「マリー、いい子だから放しましょうね」
「・・・ん」

パチュリーに言われてやっと色鉛筆を放す。

「やれやれ、何かに集中し出したら止まらないのは母さん似だな」
「あら、パパ似でしょ、それは」
「・・・まぁいいぜ、この続きはまた明日だ」
「望むところよ、マリー、いらっしゃい」

結局三人で川の字に寝ることになる。
ベッドに入ると、思っていた以上に狭かった。しかしくっついて寝るというのはとても暖かい。

「おやすみ、マリー」
「いい夢見ろよ、マリー」

目を瞑る。自分たちもなんだかいい夢が見られそうな気分。










ザァー・・・ザザァー・・・ザザァー・・・ザザァー・・・


それぞれの思惑広がったこの一日。
外は降りしきる雨。
まだその雨がやむ気配を見せることはなかった。



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