これはある一人の男と一匹の鳥との物語



その日その男は大きな夕日を見た。
まだ黄金色に光る夕日があまりにも美しくて、薪を割る手をつい止める。
木漏れ日がきらきらとちらつく。
割った分の薪を小屋の中に放り込む。
残りは明日割ればいいかと、その場に座っておもわず夕日を見上げていた。

幻想郷には珍しく、彼は人間だった

幻想郷に住み着いて幾時が経っただろう。
不意に迷い込んだのか招かれたのか、空間のスキマのようなものに取り込まれたのが始まりだった。
わかりやすくいうと、目をあけるとそこは幻想郷だった。

「うむ、今のは的確な表現だ」

ここに来た当初は流石に生活に困ったものの、幸い彼は順応性が高かった。
それに家族とは昔に死に別れ一人身。特に人間界に帰らなければならないと言う理由もなかった。
それどころか、自分はこの場所でなかなか「らしい」生活をしているのではないだろうか。
ここにいるとついそんなことを思ってしまう。
実際、人間界にいた時よりも平和で、純粋で、なにより全てが美しかった。
夕日を見上げたままその場に寝っころがる。
草の匂いが気持ちいい。
彼は感慨にふけるように、ここで今まであったことを思い出していく。



今日の昼頃は大蛇が襲ってきた。とりあえずぶっ飛ばした



遡る・・・


昨日は鬼が5匹ほどやってきた。とりあえずまとめてぶっ飛ばした



さらに遡る・・・


一昨日は悪魔が10体ほどやってきた。とりあえず全部ぶっ飛ばした




そのまた昨日は・・・・・・




そこまで考えて起き上がる。
あんまり平和ではなかったのかもしれないと一人で頷いて納得した。
しかし彼は、そんな今が嫌いではなかった。
特に何が必要というわけでもなく、生きるために生きる・・・そんな今が。

「まぁ、ただの人間だったらここにきた時点で大パニックなんだろうけど」

そう呟いて薪を割っていた手斧を後ろに放り投げる。
身の丈の3倍ほどもあるムカデがそこに倒れた。



「これは焼いても食えないかもしれん・・・」

食において好き嫌いのない彼も、流石に紫色の蟲の屍骸はあきらめた。
蟲の体液で汚れた斧を布で丹念に拭き取る。

「・・・こいつはほっとけばいつもの奴らが喰いにくるか」

再度呟き空を見上げた。
そろそろ彼らの時間・・・幻想郷に闇が訪れようとしていた。




小屋に戻って窓を開ける。
闇に染まる空に月がまぶしい。
森の高台に位置しているのか、ここは月明かりがよく差し込む。
灯りはそれで十分だった。

「そろそろだな」

その言葉を聞いていたのかどうなのか、闇にまぎれてさらに灯りがつきだす。
それはとても小さな灯り、そして血よりも紅い輝き。
そんな輝く点が1つ、2つ、3つ4つ5つ6つ7つ8つ9つ・・・・・・・・・・・・。
いつのまにか、窓の外は紅い点で埋め尽くされてる。
地面、樹木、そして空、あらゆる箇所にそれは存在していた。
見るものによっては恐怖を与えるであろう、また見るものによっては何か幻想的な雰囲気すら感じるであろう。
小屋の中の彼はどちらかといえば後者だった。
そしてしばらくバラバラに動いていた紅い点たちがある一点に集中しだす。
その一点とは、夕方ぶっ飛ばした例の巨大ムカデだった。

「今日も団体なことで・・・ご苦労さん」

その声に反応してか、紅い点がわずかにざわめきだす。

「おっと、邪魔するつもりはないんだ、遠慮なく続けてくれ」

今度は全ての紅い点の動きが止まった。
警戒するかのように凛と空気が澄む。
どうやら全ての視線がこちらに注がれているようだ。
別に恐怖を覚えたわけではないが、彼は素直に退く。
単に彼らのリズムを狂わせたくなかったのだ。

「わかった、もう話し掛けない」

言葉が通じているのかはわからないが、どうやら向こう側の警戒は解かれたようだ。
また巨大ムカデの方に集中される。
彼はその紅い光たちをずっと見つめていた。


どれくらいそれを見ていただろうか。
紅い点がまた動き出す。
見ると、ムカデはもう片鱗すらも残っていなかった。
食料がなくなったことを知らせているのか、彼らはまた次の獲物を捜し求める一鳴き。
高らかに漆黒の翼を広げ、真紅の瞳を輝かせ夜空に飛び立っていく。
闇に融けたそれらは、まるで空に昇る流れ星のようにも見えた。

「しかし・・・どちらの世界でも鴉ってのは食欲旺盛なんだな」

律儀にもそれらが全て飛び立ってから口を開く。
笑みを浮かべながら窓越しに見送る。

そう・・・彼は意外にも鳥好きだったのだ





また何回目かの夜がやってくる。
彼はいつのまにかその鴉たちを見るのが楽しみの一つとなっていた。
また、数日観察していてわかったことがある。

彼らは夜にしか行動できないということ。

彼は夜に行動する鳥を見るのは初めてだった。
鳥目ではないのだろうか、そう思いながら鴉たちの紅い目をじっと見やる。
視線を感じたのか、鴉たちが飛び立っていってしまった。

「・・・なるほど」

違った

飛んでいってしまった理由は、単に獲物を食べ尽くしたからだった。
その跡には見事に白骨化した妖怪の死体があった。
骨までは食べないらしい、また一つ彼らについて理解した。

今宵の宴も終わりかなと窓を閉めようとする。
そこで彼はあることに気が付いた。

「まだ一羽・・・飛び立っていない・・・?」

閉めかけた窓を開けて闇の中に視線を走らせた。
確かにそこには紅い目が一対残っている。
空を見上げる。
彼の仲間はもう見えなくなっていた。

・・・置いてかれたのか?

そう思い、小屋の外に出た。
近寄っていくと、その鴉は血まみれになって伏せていたことがわかる。

「・・・こいつは酷い」

そばまで寄ってやっと傷の原因がわかった。体中にある嘴傷。
おそらくさっきまでいた仲間にやられたのだろう。
獲物を食べているのにまぎれて気が付かなかった。

「待ってろ、今治療してや・・・」

がぶっ

「っ・・・」

触れようとすると噛み付かれた。
鈍痛が指先に走る。

「!!!!!!!!!」

わけのわからない鳴き声で反論されている・・・ように見えた。
触るな人間、とでも言っているのだろうか。

手を伸ばす

噛み付かれる

手を伸ばす

噛み付かれる

そんなことを何度か繰り返した。
このままでは埒があかないと思い、優しく諭すように声をかける。

「いいか、このままじゃたぶんお前は死んでしまう。だが私ならお前を治すことができると思うんだ」

静寂───。
鴉は動かなかった。
触れようとしても、もう噛みついてこない。

「・・・わかってくれたのか?」

人間界の鴉も人語を理解できるという説がある。
この鴉も人語を理解できるのかもしれない。
渾身の誠意は伝わったようだ。

「それじゃあさっそく・・・」

がぶっ

「・・・フェイントとはなかなかやるな」

結局彼は七回噛まれた。





夜が明けた。
窓を少しだけ開け、日が出ているのを確認してまた閉める。
夜にしか行動しないとわかっている生物に日を当てるのはよくないと直感が告げた。
例の鴉は腕の中で眠っている。
昨日の暴れようが嘘のように静かだった。

「しかし・・・もう大丈夫かな?」

そう言って、そっと抱いていた鴉を離そうとする。

がぶっ

「うぉ、起きてたのか!」

思わず落としてしまう。
翼を翻してうまく着地する。
どうやら傷はほとんど治ったようだ。
鴉はしばらくこちらを見つめたあと、クゥと唸ってまた彼の手に飛び込んでくる。

「・・・気に入られたってことか・・・?」

がぶっ

「っ痛!」

調子に乗るなといわんばかりに再度噛まれる。
小指だったからかなり痛かった。

「力を休めるなってことね・・・まったく人使いの荒い鴉だな」

そしてまた抱いて力を送り出す。

彼の力・・・それは「鉄を操る程度の能力」・・・というものだった

また彼の場合「鉄を操る」というレベルでの上限がほぼなく、例えば体中をめぐる鉄分つまり血であっても同じよ
うに操れた。
今回の場合は、流れ出た血の回収、空気中で混じった不純物の取り除き、それを体内に戻しその血流が安定する
まで動かしてやる、という感じだった。
もっとも彼曰く、形状を成している鉄を操るほうがかなり楽らしい。

「でもよかった、お前の血液が普通の鴉のそれと変わらなくて」

撫でてやる。
それが気持ちよかったのか悪かったのかはわからないが、少なくとも噛まれなかった。
こうして見ると、この鴉には特徴的な部分がいくらかあった。
昨日は血にまみれていてわからなかったが、毛並みに所々金色が走っている。
それは他の鴉たちには見られなかった特長だった。

「お前よく見ると結構綺麗だなー・・・」

もしかしたらこれが原因かもしれない。
生物において、極稀に生まれる異種。大抵の場合、それはどの生物に限らず迫害される。
人間としては少々異能だった彼も過去そうであったように・・・。
彼はここで初めて、この鴉に自分に近いものを感じ取った。
傷が治れば野に返そうと思っていたのだが、それが躊躇われた。

「お前はどうしたい?」

つい聞いてみる

がぶっ

「噛んで返事をするな・・・痛い」

クァ、とアクビをしてそっぽを向く。
どうやら寝ようとしていたのを起こされて機嫌が悪いらしい。
肘のあたりを小突いてくる。

「腹でも減ったのか?」
「クァ」
「(何でそれだけ通じるんだ・・・)」

心の中で嘆息を漏らす。
ふと見ると、そいつは視線を変えて小屋の壁をじっと見つめてる。
壁に特に異常はないと思うのだが・・・。
そう思って立ち上がったところで妙な気を感じた。
そいつの見つめる側から何か嫌な気配が・・・。

「腹が減ったってのはそういうことね・・・」

改めてそいつを見やる。
なかなかの大物かもしれないと思った。
もう一度気配を探って距離と数を割り出す。

「もしかしたら一週間分くらいの食料ができるかもしれないな」

そう言って外に出た

日が眩しい。
そういえば日の光を浴びたのは今日はこれが初めてだった。
軽いめまいを覚えつつ、その来訪者たちへと意識を向ける。
感じたものと同じ気配と数。
白銀の毛並みを持つ狼が七頭・・・こちらと相対する形で距離をとる。
食欲にまかせて襲ってこないところを見ると知能はかなり高いようだ。
七頭ともがじろじろとこちらを値踏みするように見て、次第に距離を詰めてくる。
どうやら武器を持っていないことを悟ったようだ。
見た感じは普通の狼のようなのだが・・・。
リーダー格っぽい狼が少し前に出る。

「おい・・・貴様人間か・・・?」
「おおう、狼に話し掛けられたのは生まれて初めてだ」

やはり普通の狼ではなかった。
妙な感動を覚えつつも気は抜かない。

「人間風情がよくここで生きられたものだな」
「相手の力量が見抜けないと後々後悔するもんだぞ」
「「キサマ・・・!!!」」

仲間の狼が牽制してくる。
かまわず言い放つ。

「念のために聞いておくが、これ以上話し合いの余地は?」
「食料と喋る必要などあるのか?」
「了解、一日一頭だ、恨むなよ」
「死ね・・・小童!!」
「私はもう33だ、失礼な!」



狼たちが向かってくる


しかし彼はまったく慌てない


腕を一振り・・・たったそれだけで


狼たちは血に染まった



ずるずるずる
すでに生き絶えた狼たちを引きずって運ぶ。なかなか重かった。
これだけあればあいつも文句は言わないだろう。
小屋の扉を少し開けて覗く。そいつは光から逃げるように布に包まっていった。
彼はなるべく光が入らないように扉を開き、仕留めた獲物を運び込む。
お手製の地下貯蔵庫に、もはや食料と化した狼たちを放り込む。光が漏れてこなくなったのを見計らって、そ
いつも布から這い出してくる。

「・・・・・・」
「そのままかぶりつくなよ、ちゃんとさばいてやるから」

静止はとりあえず聞いてくれたようだ。
つつっと毛づくろいをしながらこちらの作業が終わるのを待つ。
なかなか素直というかなんというか。

「言うこと聞かなかったペットが懐いてくれた気分だ」

思わずにやける。

がぶっ

「・・・そうか、飯までこれで我慢してやるってか・・・?」

今もなお続く足への攻撃を感じながら、心の中で涙を流す。
これはこれでこいつなりの愛情表現なのかもしれない。そう思うことにした。

「あ、こらまて。それは私の分だ」

隙を見せた瞬間に、大きめに切り分けた肉を持っていかれた。
すでにそれは自分のものだといわんばかりに啄ばんでいる。

「しょうのないやつだな・・・」

いろんなものを諦めつつ、彼も肉を口に運ぶ。
食べていると眠くなってきた
不眠不休でこいつに力を送りつづけて、その上さっきの戦闘だ。体力だって消耗する。というか明らかな睡眠不足。

「悪いけど先に眠らせてもらうな」

そう言って横になる。
続けてげしげしと顔に痛烈な鴉キック。

「おぅ、新技・・・」
「クァ!クァ!」
「・・・もしかして・・・まだ食い足りないのかお前」

2匹目のおかわりをもとめて、そいつは高らかに羽ばたく。
結局彼が寝付けた頃には、すでに太陽が真上にきていた。


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