まったく鴉の知能ってやつには驚かされる。
彼はそう思っていた。いや、思わざるを得なかった。

「ゲンイチロ、メシ!ゲンイチロ、メシ!」

喧しく頭上で叫ぶそれ。
自分の名など久しく呼ばれていなかった気がする。正確には幻一朗、それが私の名前だった。
しかし喧しいというか五月蝿いというか黙れというか・・・。とりあえず全部ぶつけることにした。

「喧しい五月蝿い黙れ」
「キュゥ・・・」

効果は抜群だ

こいつと暮らし始めて数週間くらい。
学ぶ相手など私以外には居ないのだが、いつのまにか人間の言葉を話せるまでになっていた。
初めに覚えた言葉が「メシ」というのはこいつらしいが。
もちろん話すだけでなく、言葉を理解するという点ではもっと優秀なやつだった。
今では難なく会話が成立するまでになっている。
最近ではあまり噛むこともなくなってきた。

「メシ、メシ、ハラヘッタ!」
「あーもう黙るのは一瞬だけか・・・」

理解はするが、気持ちが咎めるとか空気を読むとかそういうのはないらしい。
仕方がないと食料庫を開けてやる。たくさん、とは言わないがそれなりに蓄えられていた食糧が覗いた。
つまるところそれだけ襲撃が多かったということだ。
食うには困らないんだが・・・なんてゆうかもっとこう・・・

「寝てる時くらい襲ってこないでください」

思わず敬語になった。

「ゲンイチロ!マタキタ、マタキタ!」
「食ってる時くらい黙って・・・ってまたか、またなのか」
「マタダ、マタナノダ!」

何が嬉しいのか小屋の中をばさばさと飛び回る。いや、たぶん新しい食料がくるのが嬉しいのだろうが・・・。

「今日の夜の散歩はなしだな」
「ダメ!サンポシナイノハダメ!」
「このわがままさんめ・・・」

ここ数日わざわざ出向かなくても食料がやってくる。
この辺りの妖怪どもに居所を完全に知られたのか、明らかに通りすがりは少なくなった。
お陰で、戦闘以外にあまり体を動かすということをしなくなっていた。散歩はその解消のためでもある。
あと、やはりこの小屋の中だけでは、こいつには狭すぎる。

「じゃあ支度しろ、もしかしたら今日はお前にも手伝ってもらうかもしれない」
「・・・マカセロ!!」
「今悩んだろ」

通りすがりは少なくなった。だがそれは、妖怪たちが何かしらの意識下で襲ってきているということだ。
実際にここ最近にきた妖怪たちは、そろってなかなかの力を持っていた。
上着を着ながら、外へ出る準備をする。散歩も兼ねることができるか心配だった。
かなり強力な・・・たぶん今までで一番強いと思われる気配が外からきている。急ぐことにした。

「いくぞ」
「クァゥ!」



夜の森は静かだった。
うっそうと木が生い茂っているかと思えばそうでもなく、月明かりが程よく差し込んでいる。
夜はさまざまな危険な香りが漂っていた。その中でも一際強烈な香り。

「血の臭いが近づいてきたな」

距離を測る。そう遠くはない。それどころかさっきより近づいてくる速度が速い。
すでに、タン・・・タン・・・と木々を飛び移るような音が聞こえてくる。

「感づかれたか」

木々が一層ざわめく。まるで、やってくるそいつを中心に台風が纏われているかのような重圧。

タン・・・

そいつが舞い降りた。

人間・・・?いや、違う、妖怪だ。
その風貌は一見して人間に見られるが、発する妖気で確実に別物だとわかる。
黒く長い髪がたなびく。女性特有の妖しさがそこにはあった。

「・・・あなたね、最近ここいらで暴れてる何者かっていうのは」
「けして暴れているつもりはないんだが・・・」

結果的に妖怪たちにはそう映っていたのだろう。ちょっと反省。

「しかしまさか人間だったとは・・・驚いたわ。こんなこと初めてよ」
「私もここで人の容をしている妖怪に会ったのは初めてだ」
「その辺の三流と一緒にしないでちょうだい、これでも私はかなり有名な悪魔の僕よ」
「それで侍女の格好かい?趣味のいいことで」
「そう、結構気に入ってるのよこれ」

そう言ってくるっとまわる。ドレスの裾がふわりと浮かぶ。風にのるその姿は美しいというより可愛らしいとい
う感じに見えた。
口笛を吹いて手を叩いてやる。向こうはぺこりとお辞儀をする。
第三者が一部の会話と仕草だけ見たなら、どちらかといえば雰囲気の良いように見えただろう。
しかし実際は、双方共に殺気が一瞬たりともこの場から消えることはなかった。
いつ、どう殺すか。そのタイミングを共に計っていた。

・・・双方の動きが止まる。
どうやら・・・これ以上場の和ごむ冗談はお互いに持ち合わせていないらしい。



風に揺れ・・・木の葉が一枚舞い落ち・・・地面に触れる



時が爆ぜた



「しっ・・・!」
「はぁっ!」

幻一朗最速の妖怪処刑法。相手の血脈を読みとり、内部からその血を体外に放出、絶命に至らせる法。
少し前に狼の群れを倒したのもこの方法だった。
すぐに彼女の血脈を捕らえ・・・

ズン・・・

「・・・かはっ!」

腹に腕がめり込んでいた。幸い上着に薄い鉄板が仕込んであるので大事は免れたが、その衝撃は凄まじかった。
鉄板がなかったら体ごと貫かれていたかもしれない。
口から胃液を吐き出す。喉が焼けるように熱かった。
確かに幻一朗の力は彼女の血脈を捕らえた。捕らえたのだが・・・。それ以上に彼女が速かった。

ブシュッ・・・

彼女の頬から血が流れる。
それは予想外のダメージだったのか、退いて距離をとる。

「不思議な力を使うようね」
「・・・あんたの動きほど奇想天外なものじゃないがな」

やはり致命傷となるほどの力は送り込めなかったようだ。
首筋だけに力を絞ったのだが、的もあの速さではずれたらしい。
彼女も鉄板を殴った手の方が痛かったようだ。右手を押さえている。

「切り札が一つ減ったか・・・」
「口に出すことじゃないわ、それは」

かもしれない。
たぶん血液の体内爆発はもう効かないだろう。はずれたというより、どちらかというと「はずされた」感じがし
たからだ。彼女の異常な身のこなしがそれを可能にしたのだろう。
しかしいつまでも悩んではいられない。迷ってて倒せる相手ではないことは先ほどの一撃で確認済み。
「点」の攻撃で攻めきれないなら「線」の攻撃で攻めるしかない。それでも駄目なら「面」で・・・。
彼の方針はいつもこんな感じだった。

「線」の攻撃─────。
懐から長めの針を数本掴み、投げつける。

「操法、一針!」

ぱしっ

「・・・おぅ、いっつみらくる」

合計四本、なんなく彼女の指にしっかりと挟まれた。
しかしこれは幻一朗にとっては千載一遇のチャンスだった。
確実に手はばれるが、「鉄で出来た針を避けずに掴んだ」、これ以上の王手はない。

「こんな針がなんだというの?さっきの私の血がいきなり流れるやつの方が・・・!?」

彼女が掴んでいた針が急激に振動しだし、手をすべり、そのまま頭部へめがけていく。

「はぁっ!」
「くっ・・・!」

間一髪、彼女は首を後ろにそらしてその針を避けきる、が体勢は大きく崩れてしまった。
もちろん彼女の身のこなしがなければそれどころではすまなかっただろう。
だが幻一朗の攻撃はまだ終わっていなかった。

「破ぁぁぁ!」

上着に仕込んであった鉄針、鉄板、鉄刃、鉄球・・・全てを展開し、繰り広げる。
これが幻一朗の「面」の攻撃。
体勢を直す一瞬の間に、彼女は数十にも及ぶ鉄に囲まれていた。

「鉄操法、落葉!」
「くっ、みくびるなぁぁぁぁ!!」

一斉に迫りくる形さまざまな鉄、それら全てを受けとめることなど不可能だ。
彼がこの法を繰り出すことはあまりないのだが、出した時には大抵その妖怪は形も残らなかったというのが経験
上だった。
だが、やはりこちらの妖怪は並みではないということを思い知る。

彼女はそれらを迎え撃たずに、あえて飛び込んでいったのだ。
全ての面に極端に時間差をつけて対すれば、それは連続した線と化す。
それをあの一瞬で見切られたのだろう。
次々にあちこちに散らばされる鉄。ほんの一瞬が異様に長く感じた。

「はぁ・・・はぁ・・・もう・・・終わりかしら?」
「ああ、もう終わりだ」

両手をあげて降参の意を示す。
流石に全てを弾き避けきることはできなかったのか、かなりの傷跡が彼女に残されていた。

「しかしまぁ・・・鉄を操る能力だなんてね・・・それなりに恐怖を感じたわよ」
「力はあと一発分しか残ってないんでね、もうあれだけの数は操れないさ」
「だからそういうことは口に出すものじゃないでしょう・・・」

変なやつ、と腰に手を当てて近寄ってくる

「でも今回は私の勝ちのようね、と言っても次回はないけど」
「それは困るな」
「ここまで楽しませてくれた人も珍しいから、特別にあなたは館のお嬢様に献上してあげるわ。もちろん死体でね」
「それも困るな」

笑いながら同じ言葉を繰り返した。
彼女が首に手を当ててくる。当然なのだろうが本気で殺すらしい。首に急激な圧迫感を感じた。

「・・・私が死体になったら、真っ先にあいつに食われるかもしれない」
「・・・・・・え?」

その瞬間、闇が動き彼女の目を完全に塞ぐ。

「え、ちょっと、なによこれ、見えない!?」

彼女は夜目が利いた。妖怪だということもあるが、今まで闇が暗いとは思わなかった。・・・故に彼女は混乱した。
どんどん闇に侵食されてゆく。すでに視界は見えなくなり、平衡感覚すら奪われだした。もともと身体能力が高い
のが特徴の彼女にとって、もはやこれは羽をもがれた鳥の様だった。
手が僅かに緩んだのを確認して後ろに飛び退く。

「え、え・・・え・・・?」
「真の切り札っていうのはこう使うもんだろう、侍女の妖怪さん」

ばさばさと翼を羽ばたかせ、そいつが降りてくる。
そいつは肩の上に降り立ち、鳴き叫ぶ。

「チッチョウアガリ!!」
「一丁あがりだ・・・」

さっきまで秒刻みの生死のやりとりをしていたと思えないくらい緊張が緩んだ。

「というわけで、正真正銘最後の一発」

せめて苦しまないように心臓に狙いを定める。

「血葬法、爆血!」
「あぁぁっぁぁぁ、レ・・・リ・・・お嬢様ぁぁぁ!!!」

ボシュッ・・・!

血が舞い、張り叫び、地が染まる。
動けなくなった彼女を殺すのはたやすかった。

「なかなかの指示通りだったぞ」
「リョウテアゲタラ、ゲンイチロタスケル!」
「でももう少し速かったほうが首に圧迫感なくてよかったかな」
「キュゥ・・・ムズカシイ」

こいつの能力に気付いたのはここ最近だった。
気付いた理由というか原因が情けないといえば情けないのだが、飯の時に私の分をちょろまかすのに使ってき
たのが最初だ。
ただそれだけ。やっぱりこいつも妖怪だったのだなと実感した。

「あいたたたた」

うずくまる。最初に殴られた腹が痛い。やっぱり仕込んでなかったら貫通していたかもしれない。
彼女の死体を見やる。不思議と憎いという気持ちは湧いてこなかった。

「ゲンイチロ、コレクウ!」
「・・・いや、彼女はやめておこう」
「ムゥ!」

わざわざ殺しておいて同情したのではない。人型だからといって食いにくいわけでもない。
ただ、ここまでの命のやり取りをした彼女を食料にするということが想像が出来なかった。
これが互いに死力を尽くした者同士の暗黙の礼儀なのかと、彼は感じた。

埋葬はしなかった。というか必要がなかった。
しばらくすると彼女は灰のように崩れていったからだ。どのみち食料にすることはできなかったようだ。

その後、腹の痛みがひいてきたのはいいのだが、力が使えなくなってるというのにそのまま散歩に出ることにな
った。行きたがってたのは主にこいつ。

「ヨンダカ、ゲンイチロ」
「いや、まったくこれっぽっちも」

何の心配もないように、この闇を操る鴉は飛んでゆく。今襲われたらどうするというのか。
しかし注意深く気配を探るとわかるのだが、運がいいのか悪いのか・・・彼女がきたことで辺りの妖怪の気配は
ここぞとなくなっていた。
よっぽどの実力者だったらしい。少なくともこの界隈の妖怪が恐れて逃げ出すくらいの力だったのだろう。

「まぁ、いいか」
「マァ、イイカ」

反復してきた。ぱっと見はわからないが実に嬉しそうに飛んでいる。やはり小屋では狭いのだと思った。
闇に紛れて映る紅い目と、わずかな黄金色の毛並みが少し頼もしく見えた。

「いざとなったら守ってくれよ」
「・・・マカセロ!!」
「・・・また悩んだろお前」


一人と一匹がそんな会話をしながら、闇へと消えていった 



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